東京地方裁判所 平成8年(ワ)8268号 判決 1997年4月28日
原告
国
右代表者法務大臣
松浦功
右指定代理人
齋木敏文
外三名
被告
コニカ株式会社
右代表者代表取締役
米山高範
右訴訟代理人弁護士
山田正明
被告補助参加人
株式会社三和銀行
右代表者代表取締役
枝実
右訴訟代理人弁護士
小沢征行
同
秋山泰夫
同
香月裕爾
同
香月明久
同
露木琢麿
同
宮本正行
同
吉岡浩一
同
北村康央
主文
一 被告は、原告に対し、金二八三六万五五七三円及び内金二五九万三七四六円に対する平成六年二月一日から、内金一五六万七五五七円に対する同年三月一日から、内金二七九万一三〇〇円に対する同年一月一四日から、内金六三八万四九七〇円に対する同年二月一五日から、内金一七一万〇八三〇円に対する同年三月一五日から、内金一〇八四万五一七〇円に対する同年四月一四日から、内金二四七万二〇〇〇円に対する同年五月一四日からそれぞれ支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用のうち、参加によって生じた部分は補助参加人の負担とし、その余は被告の負担とする。
三 この判決は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
主文同旨
第二 事案の概要
一 原告は、滞納された租税債権の徴収のために、滞納者が被告に対して有する売掛金債権を差し押さえたところ、その後右売掛金債権の大半が譲渡担保に供されていることが判明したことから、譲渡担保権者に対し、国税徴収法(以下「徴収法」という。)二四条四項、二項に定める告知をして、同法六七条による取立権に基づいて、被告に対し右売掛金債権の支払いを求めたが、被告がこれを支払わないので、差し押さえた売掛金債権のうち、後記「本件債権」についてその元金及び延滞損害金の支払いを請求している。
これに対し、被告及び補助参加人は、①譲渡担保に供された売掛金債権は、右告知の到達よりも前に譲渡担保権者に対する代物弁済に充当されて消滅しているから、右告知は無効であり、無効な告知を前提として滞納処分を続行することはできない、②仮に滞納処分を続行できるとしても、被告は既に右売掛金債権について弁済及び供託をしているから、差押財産は消滅している、③仮に右弁済及び供託の効果を原告に対しては主張できないとしても、右弁済は債権の準占有者に対する弁済として有効であると主張して、その支払いを拒んでいる。
二 争いのない事実等
(請求原因事実―滞納処分による債権差押)
1 訴外有限会社田中鉄工(以下「滞納会社」という。)は、被告との間で、被告の小田原工場にある工作機械のの修理、改造を請け負い、平成六年一月七日の時点において、被告に対して、以下のとおり、合計金四四六〇万五五八三円の売掛金債権を有していた(弁論の全趣旨)。
(一) 経費関係
(1) 平成五年八月分
金額 金二五九万三七四六円
履行期限 平成六年一月三一日
(以下「本件債権一」という。)
(2) 平成五年九月分
金額 金一五六万七五五七円
履行期限 平成六年二月二八日
(以下「本件債権二」という。)
(3) 平成五年一二月分
金額 金三一一万九八七〇円
履行期限 平成六年五月三一日
(二) 設備関係
(1) 平成五年五月分
金額 金二七九万一三〇〇円
履行期限 平成六年一月一三日
(以下「本件債権三」という。)
(2) 平成五年六月分
金額 金六三八万四九七〇円
履行期限 平成六年二月一四日
(以下「本件債権四」という。)
(3) 平成五年七月分
金額 金一七一万〇八三〇円
履行期限 平成六年三月一四日
(以下「本件債権五」という。)
(4) 平成五年八月分
金額 金一〇八四万五一七〇円
履行期限 平成六年四月一三日
(以下「本件債権六」という。)
(5) 平成五年九月分
金額 金二四七万二〇〇〇円
履行期限 平成六年五月一三日
(以下「本件債権七」という。)
(6) 平成五年一一月分
金額 金三四八万一四〇〇円
履行期限 平成六年七月一三日
(7) 平成五年一二月分
金額 金九六三万八七四〇円
履行期限 平成六年八月一三日
2 原告(所管庁・東京国税局長)は、平成六年一月七日の時点で、滞納会社に対し、別紙租税債権目録記載のとおり、合計三一八九万二〇九二円の租税債権(以下「本件租税債権」という。)を有していた(甲一三)。
3 原告は、平成六年一月七日、本件租税債権を徴収するため、徴収法六二条に基づき、前記1記載の売掛金債権合計四四六〇万五五八三円を差し押さえ(以下「本件差押処分」という。)、右債権差押通知書は、同日、被告に送達された(甲一、弁論の全趣旨)。
4 被告は、原告の再三の請求にもかかわらず、本件債権の支払いに応じない(甲一一)。
(抗弁事実―譲渡担保)
5 滞納会社、被告及び訴外さがみ信用金庫(平成元年当時の商号は小田原信用金庫であり、平成四年九月二八日、現商号に変更、以下「訴外信金」という。)は、平成元年四月二〇日、以下のとおりの内容の「一括支払システムに関する契約」(以下「本件基本契約」という。)を締結した(甲二及び争いのない事実)。
(一) 滞納会社は、訴外信金から、滞納会社が被告との継続的取引に基づいて被告に対して取得する売掛金等の債権(代金債権)を担保として、別途訴外信金との間で締結した「一括支払システム当座貸越契約」(以下「本件当座貸越契約」という。)に基づき、当座貸越しの方法により借入れを行うことができる。
(二) 滞納会社は、本件基本契約及び本件当座貸越契約に基づく取引により訴外信金に対して負担する債務を担保するため、被告に対する代金債権を訴外信金に対して譲渡する。
滞納会社は、被告が譲渡代金債権明細書兼承諾書(明細書)を元受金融機関である補助参加人に対して交付したときに、明細書記載の代金債権を訴外信金に譲渡したものとし、被告は、明細書を補助参加人に交付することにより、明細書記載の代金債権が訴外信金に対して譲渡されたことにつき異議なく承諾したものとする。
(三) 被告は、滞納会社に対して負担する代金債務(滞納会社の代金債権)の支払事務を訴外信金に委任する。
6 滞納会社と訴外信金は、平成元年七月五日、滞納会社は訴外信金から本件基本契約に基づく期日未到来の譲渡代金債権の残額を極度額として当座貸越の方法で借入れをすることができる旨の本件当座貸越契約を締結した(争いがない。)。
7 滞納会社は、訴外信金に対して、本件基本契約及び本件当座貸越契約に基づき、前記1に記載した支払請求権のうち、(一)(3)、(二)(6)及び同(7)を除く売掛金債権(以下、併せて「本件債権」という。)について、別紙譲渡担保明細表「譲渡年月日」欄記載の日時に、担保のために譲渡し、被告は、同表「確定日付」欄記載の確定日付を付して、承諾した(争いがない。)。
(再抗弁事実―徴収法二四条四項、二項の告知)
8 原告は、滞納会社が平成六年一月一〇日に手形不渡事故を起こして事実上倒産したことから、調査の上、滞納会社が他に有している財産に滞納処分を執行してもなお本件租税債権を徴収することができないと認め、同年二月一七日、徴収法二四条四項、二項に基づき、訴外信金に対して、本件債権から本件租税債権を徴収する旨の告知を行い(甲九、以下「本件告知」という。)、右告知書は、同月一八日、訴外信金に到達した(甲一〇)。
また、原告は、滞納会社、小田原税務署長及び被告に対し、右告知した旨を通知した(弁論の全趣旨)。
(再々抗弁事実)
9 本件告知到達前の代物弁済(その効果を原告に対して主張できるか否かについては争いあり。)
本件基本契約には、訴外信金に担保のために譲渡した代金債権に対して徴収法二四条、地方税法一四条の一八及びこれと同旨の規定に基づく譲渡担保権者に対する告知が発せられたときは、これを担保とした訴外信金の当座貸越債権は直ちに弁済期が到来するものとし、同時に、担保のため譲渡した代金債権は当座貸越債権の代物弁済に充当されるものとする旨の条項がある(争いがない。以下、この条項を「本件代物弁済条項」という。)。
10 被告から訴外信金に対する本件債権の弁済及び供託(その効果を原告に対して主張できるか否かについては争いあり。なお、被告は、右弁済は債権の準占有者に対する弁済に当たるとも主張する。)
本件債権は、平成六年一月七日の時点では、別紙譲渡担保明細表記載のとおり、既に滞納会社から訴外信金に対して譲渡されていたものであるところ、被告は、訴外信金に対し、同表「弁済期日」又は「供託期日」欄記載の日時に、本件債権一から四までについては弁済し、本件債権五から七までについては供託した(弁論の全趣旨)。
三 争点(再々抗弁の成否)
1 本件告知到達前の代物弁済を原告に対して主張できるか。
(被告及び補助参加人)
(一) 差押処分が先行する場合においても、徴収法二四条五項にいう「前項の規定の適用を受ける差押」とは、適法な告知をした上で続行としての効力が認められる差押をいい、告知の時点で譲渡担保財産が存在していなければならない。
すなわち、適法な告知は滞納処分を続行するための効力発生要件であるから、同条四項、二項による告知書の到達の時点で譲渡担保財産が存在していない場合には、告知は無効となり、それを前提として滞納処分を続行することはできない。
(二) 本件基本契約には、訴外信金に担保のために譲渡した代金債権に対して徴収法二四条に基づく譲渡担保権者に対する告知が発せられたときは、これを担保とした訴外信金の滞納会社に対する当座貸越債権は直ちに弁済期が到来し、担保のため譲渡した代金債権は当座貸越債権の代物弁済に充当される旨の本件代物弁済条項が規定されている。
同条項は、昭和六二年ころから、支払企業の手形発行、管理面の事務負担を軽減し、手形割引と同様、支払企業は手形支払期日までの一定期間支払いを猶予してもらう利益を、仕入先企業は代金支払期日前に当該手形を資金化する利益を、金融機関は割引料名目の手数料を得る利益をそれぞれ受けるとの経済的機能を果たす目的で広く普及している本件一括支払システムにおいて、滞納会社が国税等を滞納した場合に、譲渡担保権者たる訴外信金が徴収法二四条に基づく物的納税責任を負い、債権回収に支障をきたすことのないように置かれたものであり、また、譲渡担保債権を当座貸越債権の担保としており、実質的にも相殺予約に等しい機能を有するものであるから、相殺の有する担保的機能を重視して差押できない財産を作出するような相殺予約の合意も対外的に有効と認めた最高裁昭和四五年六月二四日判決の趣旨にかんがみても、かかる条項を置くことは、契約当事者間の自由な意思に基づく合意として有効である。
(三) したがって、本件債権は、本件代物弁済条項に基づき、本件告知が発せられた平成六年二月一七日に訴外信金に対して代物弁済として充当され、告知書が到達した同月一八日においては既に譲渡担保財産ではないから、本件告知には重大かつ明白な瑕疵が存在し、無効である。
よって、これを前提として滞納処分を続行することはできない。
(原告)
(一) 徴収法二四条五項により、代物弁済があっても本件債権は譲渡担保財産として存続する。
原告は、平成六年一月七日、徴収法六二条の規定に基づき本件債権を差し押さえ、その後、本件債権が譲渡担保に供されていることが判明し、滞納会社が他に有している財産に滞納処分を執行してもなお本件租税債権を徴収することができないと認められたことから、同年二月一七日、同法二四条四項、二項に基づき、訴外信金に対して本件告知をしたものである。
このように、本件では滞納処分が先行しており、同条一項の要件にも該当するので、原告は、同条四項の規定により、訴外信金を第二次納税義務者とみなした滞納処分を続行することができ、その効力は、同年一月七日の債権差押通知書送達の時点から発生している。したがって、本件債権が本件基本契約に基づき本件告知が発せられた平成六年二月一七日において訴外信金の当座貸越債権の代物弁済に充当されたとしても、これは徴収法二四条五項にいう「差押をした後」において被担保債権が「弁済以外の理由により消滅した場合」に該当し、本件債権はなお譲渡担保財産として存続するものとみなされ、原告は本件債権に対して滞納処分を続行できる。
したがって、本件代物弁済条項の有効性を判断するまでもなく、本件告知は有効である。
(二) 本件代物弁済条項は、原告に対して主張できない。
本件代物弁済条項は、金融機関(訴外信金)が、仕入先企業(滞納会社)の支払企業(被告)に対する本件債権等の売掛金債権を支払企業(被告)の確定日付による承諾を得て譲渡担保として取得し、売掛金債権を担保として仕入先企業(滞納会社)に対して右債権額を極度額として当座貸越を設定し、代金支払期日に支払企業(被告)から右債権を取り立て、当座貸越専用口座に入金するという一括支払システムのもとにおいて考え出された条項である。つまり、このような一括支払システムにおいては、滞納会社が国税を滞納したまま倒産した場合に、訴外信金は第二次納税義務者とみなされて債権の回収ができなくなる危険性があるので、徴収法二四条の譲渡担保権者に対する告知の時以前に譲渡担保財産が存在しなくなる法形式を作出し、物的納税責任を回避して債権の回収を確保するべく設けられたのが、本件代物弁済条項である。このような条項は、譲渡担保についてその設定と国税の法定納期限等の先後により国税との優先関係について調整を図っている徴収法二四条六項及び同条二項の告知書を発してから同条三項の滞納処分を執行するまでの間又は同条四項の差押をしてから同条二項の告知をするまでの間に譲渡担保権の実行等により譲渡担保財産が消滅してしまうことを禁じた同条五項の趣旨を潜脱するものであって、脱法行為であるから、右代物弁済条項の効力を租税債権者である原告に対して主張することはできない。
(三) 本件告知の瑕疵は、滞納処分の違法につながらない。
また、仮に、本件告知の有効性に疑義があるとしても、本件告知に重大かつ明白な瑕疵が存在するわけではなく、告知処分と滞納処分の間には違法性の承継もないので、本件告知の瑕疵を理由として滞納処分の違法を主張することは許されない。
2 被告のした弁済及び供託の効果を原告に対して主張できるか。
(被告)
本件債権は、平成六年一月七日の時点では、別紙譲渡担保明細表記載のとおり、既に滞納会社から訴外信金に対して譲渡されていたものであるところ、被告は、訴外信金に対し、同表「弁済期日」又は「供託期日」欄記載の日時に、本件債権一から四までについては弁済し、本件債権五から七までについては供託したから、本件債権は消滅しており、本件差押処分は無効である。
(原告)
本件差押処分は、徴収法二四条四項の規定により、滞納処分として続行され、その効力は、平成六年一月七日の債権差押通知書送達の時点から発生しているから、被告は、同法六二条の規定に基づき、差押財産である本件債権の弁済を禁じられる。
よって、被告が、本件債権について、別紙譲渡担保明細表記載のとおり、右債権差押通知書送達後に弁済又は供託をしたとしても、その効果を原告に対して主張することはできない(民法四八一条)。
3 被告の訴外信金に対する弁済は、債権の準占有者に対する弁済として有効であるといえるか否か。
(被告)
被告は、本件債権一から四までについて、別紙譲渡担保明細表「譲渡年月日」欄記載の日時に訴外信金に対して譲渡されたことにつき、同表「確定日付」欄記載の確定日付を付して承諾し、訴外信金を真正な受領権者であると信じて、同表「弁済期日」欄記載の日時に各債権につき弁済したものであり、また、そのように信じるにつき過失はなかった。
よって、被告の右弁済は、債権の準占有者に対する弁済として有効である。
(原告)
(一) 本件においては、債権者が訴外信金がであることには争いがないから、債権が誰に帰属するか不明な場合に適用される民法四七八条が適用される事案ではなく、右弁済は、民法四八一条一項の規定における「第三債務者が自己の債権者に弁済を為したるとき」と同視され、原告は、被告に対し、その受けた限度でさらに弁済すべき旨を請求できる。
(二) 原告の徴収担当係官は、徴収法一四一条に基づき、被告の小田原事業所の従業員に対して、被告の滞納会社に対する債務について質問をした上、平成六年一月七日、本件差押処分を行い、債権差押通知書を送達した。
したがって、被告は、同日以後、本件債権一から四までは原告により差押を受けた債権であることを認識しており、さらに、本件債権一から四までの譲渡が、本件基本契約に基づく担保目的のものであることも知っていたのであるから、訴外信金には右債権について受領権限がないことを知っており、仮に知らなかったとしても、知らなかったことにつき過失がないとはいえない。
第三 争点に対する判断
一 争点1について
1 被告及び補助参加人は、本件債権は、本件基本契約中の本件代物弁済条項により、本件告知が発せられた日に、訴外信金の滞納会社に対する当座貸越債権に代物弁済されたので、本件告知到達の日には本件債権は譲渡担保財産ではなくなっており、本件告知は効力を有さない。したがって、本件告知の有効を前提とする本件差押処分の続行も許されない旨主張し、これに対して、原告は、仮に本件代物弁済条項が原告に対してその効果を主張できるものであったとしても、徴収法二四条五項により、原告は本件債権を譲渡担保財産として存続するものとみなして本件差押処分を続行することができる旨主張するので、この点について判断する。
(一) 徴収法二四条五項の趣旨
徴収法は、納税者の財産が譲渡担保に供されているときは、抵当権等の他の担保権と同様、国税債権と譲渡担保の被担保債権との優劣関係を国税の法定納期限等と譲渡担保設定時期との先後関係により決することとし(同法二四条六項)、国税債権が優先する場合において、納税者の財産につき滞納処分を執行してもなお徴収すべき国税に不足すると認められるときに限り、譲渡担保財産から納税者の国税を徴収することができることとしている。(同条一項)。また、徴収法は、その手続として、譲渡担保財産から国税を徴収しようとする場合には、税務署長が、譲渡担保権者に対し、徴収しようとする金額その他必要な事項を記載した書面により告知をし、右譲渡担保権者の住所又は居所の所在地を所轄する税務署長及び納税者に対しその旨を通知することにより(同条二項)、右告知書を発した日から一〇日を経過した日までにその徴収をしようとする金額が完納されていない場合には、徴収職員は、譲渡担保権者を第二次納税義務者とみなして、その譲渡担保財産につき滞納処分として執行することができると規定している(同条三項)。
そして、告知の後、譲渡担保債権が「債務不履行その他弁済以外の理由により消滅した場合(譲渡担保財産につき買戻、再売買の予約その他これらに類する契約を締結している場合において、期限の経過その他その契約の履行以外の理由によりその契約が効力を失ったときを含む。)」には、なお譲渡担保財産として存続するものとみなすと規定している(同条五項)。
(二) このように、徴収法二四条二項は、譲渡担保財産から設定者の滞納した租税を徴収しようとするときは、第二次納税義務者から徴収しようとするときと同様(徴収法三二条一項前段参照)、譲渡担保権者に対して告知をしなければならないと規定するが、譲渡担保権者は、本来設定者の滞納国税を納付すべきいわれはなく、右告知によっても、譲渡担保財産について設定者の国税のため滞納処分が行われることを受任する義務(物的納税責任)を負うに留まり、第二次納税義務者のように納税義務を負うものではないから、右告知を要するとした趣旨は、物的納税責任を負担することになる譲渡担保権者に対して滞納処分を執行することを予告することに主眼があるというべきである。そして、譲渡担保財産について、まず譲渡担保権者に告知をし、その後に滞納処分を執行する場合には、譲渡担保権者は、右告知により滞納処分を執行されることを知ることになるところ、執行されるのは、税務署長が告知書を発した日から一〇日を経過した日以後であるので、その一〇日の間に譲渡担保権を実行すれば、滞納処分としての差押の時点において譲渡担保財産は存在しないとして、右差押を不能とし、滞納処分を回避することができることになる。そのような事態は、譲渡担保権者に対する告知を要するとした徴収法の趣旨にかんがみ妥当でないことから、徴収法二四条五項は、告知の後、譲渡担保債権が債務不履行その他弁済以外の理由により消滅した場合には、なお譲渡担保財産として存続するものとみなすことにより、当該財産が譲渡担保財産か否かを判断する基準時を告知の時とし、その後における譲渡担保権の実行等の処分を禁じる効果を創設したものと解される。
(三) 徴収法は、税務署長が譲渡担保財産を設定者の財産として差し押さえた場合(滞納者に対する滞納処分が先行する場合)についても、徴収法二四条一項の要件に該当する場合に限り、右差押を同条三項の差押として滞納処分を続行することができ、この場合には遅滞なく告知及び通知をすることと規定し(同法二四条四項)、「前項の規定の適用を受ける差押」の後、譲渡担保債権が弁済以外の理由で消滅した場合についても、なお譲渡担保財産として存続するものとみなすと規定している(同条五項)。
これは、譲渡担保財産を設定者の財産としてした差押は、本来瑕疵のあるものであり、国は譲渡担保権者に対してその効力を主張することができないはずであるにもかかわらず、第三者たる徴収機関は譲渡担保に供されている事実を容易に認識することができないこと、改めて徴収法二四条二項、三項の手続を採ることは煩瑣であること等を考慮して、同条一項の要件に該当する場合には、設定者(滞納者)の財産としてした差押を譲渡担保権者の財産に対する差押とみなして(差し押さえられた財産自体は同じものである)、滞納処分を続行することができるとしたものである。このように設定者(滞納者)の財産としてした差押が先行する場合においては、譲渡担保権者は、右差押により滞納処分として続行されることを知る可能性が高いことから、滞納処分の執行を譲渡担保権者に対する告知によって予告する必要性がそれほどないとも考えられる。また、仮に、右告知の時点でなお譲渡担保財産として存在していることまでを要件とすると、譲渡担保権者は、差押後告知までの間に譲渡担保権を実行すれば、告知の時点において譲渡担保財産が存在しないことになり、右告知を無効とし、ひいては滞納処分として続行されることを回避できることになる。しかしながら、そのような事態は、告知が先行した場合において、譲渡担保権者が告知により滞納処分が執行されることを知った後に譲渡担保権を実行したとしても、譲渡担保財産として存続するものとみなし、譲渡担保権者が滞納処分を回避することを防止している徴収法二四条五項の趣旨(前記(二)で述べたとおり。)に合致しない。したがって、徴収法二四条五項は、徴収機関が譲渡担保財産を設定者(滞納者)の財産として差し押さえた後、右財産が譲渡担保に供されていることを認識し、譲渡担保権者の財産として滞納処分を続行するという判断をするまでの間に、譲渡担保権の実行等により譲渡担保財産が消滅したとしても、なお譲渡担保財産として存続するものとみなすこととし、もって、当該財産が譲渡担保財産か否かを判断する基準時を右差押の時としたものと解すべきである。
(四) とすれば、徴収法二四条五項の「前項の規定の適用を受ける差押」とは、同条一項の要件に該当し、滞納処分としての差押として続行できるものであれば足り、告知の時点で譲渡担保財産が存在していることを必要としないと解すべきである。
2 本件告知の効力
右の解釈にしたがって、本件告知の効力について検討する。
(一) まず、滞納会社が平成六年一月一〇日に手形不渡事故を起こして事実上倒産したことについては、当事者間に争いがなく、右事実からすれば、滞納者の財産につき滞納処分を執行してもなお徴収すべき国税に不足すると推認され、徴収法二四条「第一項の要件に該当する場合」(同条四項)に当たるから、本件差押処分は「前項の規定の適用を受ける差押」(同条五項)に当たる。
(二) 本件基本契約中には本件代物弁済条項があり、右条項によれば、被告及び補助参加人の主張のとおり、本件告知が発せられた平成六年二月一七日に本件債権は代物弁済により確定的に訴外信金に移転し、譲渡担保としての性格を失うことになり、本件告知はその後に到達したことになることは前記第二、二、5、8、9で認定した事実により明らかである。
(三) そこで、仮に本件代物弁済条項が有効であるとして、徴収法二四条五項の解釈として、右代物弁済による譲渡担保権の消滅を原告に対して主張できるかどうかを検討する。
徴収法二四条五項の趣旨は、前記のとおり、本件のように滞納者に対する滞納処分が先行する場合には、設定者(滞納者)の財産としてした差押の後、譲渡担保権を実行される等により、譲渡担保財産でなくなり、滞納処分としての差押の効力が消滅することを回避する点にある。したがって、同項で「弁済以外の理由により消滅した場合」と規定し、弁済を除外したのは、設定者(滞納者)が別途資金を調達して譲渡担保の被担保債権を弁済した場合には、譲渡担保に供されていた財産は設定者(滞納者)に戻り、設定者の財産として滞納処分の対象とすることができるからであると解される。
右代物弁済は、譲渡担保財産である本件債権を確定的に訴外信金に帰属させることになるもので、実質的には譲渡担保権の実行というべきであり、徴収法二四条五項で除外している「弁済」に該当しないことは明らかである。
したがって、仮に本件代物弁済条項が有効であるとしても、右代物弁済による譲渡担保権の消滅は、原告に対して主張できない。
(四) よって、仮に本件代物弁済条項が有効であるとしても、徴収法二四条五項により、本件債権は、本件告知到達時においてなお譲渡担保財産として存続するものとみなされるので、本件告知は有効であり、原告は、同条四項により、本件債権についてした差押をもって滞納処分を続行することができる。
二 争点2について
被告は、既に訴外信金に対して本件債権一から四までを弁済し、本件債権五から七までを供託しており、本件差押処分は無効であると主張する。
しかしながら、徴収法は、債権を差し押さえる場合について、債権差押通知書が第三債務者に送達された時に差押の効力が生じると規定しており(同法六二条三項)、第三債務者は、債権差押により、債務の履行を禁じられている(同条二項)。そして、本件のように、譲渡担保財産を設定者(滞納者)の財産としてした差押を譲渡担保権者の財産としての差押とみなして続行する場合においても、原告と第三債務者との法律関係に変化はないのであるから、第三債務者は債権差押通知書の送達を受けた時点から一貫して債務の履行を禁じられているものと解すべきである。
したがって、本件においては、被告は、債権差押通知書が送達された平成六年一月七日から本件債権についてその債務の履行を禁じられているところ、被告の主張する弁済又は供託はいずれもそれ以後のものであり、右弁済又は供託による債務の消滅を、原告に対して主張することはできない(民法四八一条一項)。
三 争点3について
被告は、本件債権一から四までの各債権について、訴外信金を真正の受領者であると信じて弁済したものであり、また、そのように信じるにつき過失がなかったから、右弁済は債権の準占有者に対する弁済として有効であると主張する。
しかしながら、本件においては、債権者(譲渡担保権者)が訴外信金であることは明らかで、原告による差押の効力が問題となるものであるから、民法四七八条が直接適用されるような法律関係にはなく、同法四八一条一項が適用される法律関係にあるものというべきである。
仮に、このような場合にも同法四七八条が準用されるとしても、被告は、債権差押通知書の送達を受けながら、あえて弁済したものであり、過失があることは明らかである。
したがって、この点に関する被告の主張も、採用できない。
四 以上によれば、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官福田剛久 裁判官小林元二 裁判官松山遥)
別紙<省略>